ガラス繊維のルーツと呼べるもの ─ それは、太さも不揃いな棒状のガラスであったが―は、非常に古い。遺跡の中から出土したガラス工芸品の装飾部分等に使われていることから、紀元前2000年頃には実用化されていたものと推定されている。
ドロドロに溶けたガラスを鉄棒の先端につけて引き出すと、糸状の尾を引く。その原理から、棒状や繊維状のガラスを思いついたのであろう。これらは色鮮やかに彩色され、古代の瓶や壺の文様装飾に用いられていた。
中世に入ると、ガラス工業の栄えたイタリアのベニスでガラス棒の先端を熱し軟らかくし、ガラス糸を引き回転する木製ドラムに巻き取ってガラス繊維が作られた。
繊維状のガラスは巻き取る機械がつむぎ機であったことからスパン・ガラス(SPUN・GLASS)と呼ばれたが置物、玩具、装飾用の域を出なかった。
工業的には長い「空白の時代」が続いたガラス繊維が再び注目された19世紀後半。 1893年(明治26)アメリカで開かれたコロンビア博覧会で、ミカエル・オーエンス・ガラス社とリビー・ガラス社がガラスから糸を紡ぐ実演を行い、その糸と絹を交差した布を試作してみせたが、すき透ったガラスのイメージとは程遠いガラス繊維は人々をむしろ失望させたという。
第一次世界大戦により、これまで断熱用石綿をカナダより輸入していたドイツはその道を絶たれ、窮余の策として石綿代替のガラス繊維の研究に取り組み、1917年(大正6)、工業化(ポット法)に成功。これがガラス繊維の工業化の引き金となった。
これを機に各国でも工業化が相次ぎ、1931年(昭和6)アメリカで大量生産のプロセスが完成。 ガラス繊維事業は、本格的な工業化に向け、歴史的な第一歩を踏み出すこととなった。
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